令和4年、新年明けましておめでとうございます。
今回は、昨日元旦(正確には本日未明)配信した(神)日本の黒い霧メルマガ45号から、その冒頭部分を、新年のご挨拶に代えてお届けしたいと思います。
明けましておめでとうございます。
早いもので、コロナウィルス騒動がニュースで流れるようになっておおよそ2年の歳月が過ぎて行きました。
当初から私は、この騒動が計画的なもので、最終的にはグレートリセットどころか世界秩序の完全崩壊を狙ったものであり、今後「日常への復活」などという甘い見通しはあり得ないだろうとお伝えしてきました。
この計画が何年越しでプランされているかは不明ですが、マスコミを大動員して「2度のワクチン接種が事態の解決手段」と扇動し、日本国民の80%近くが2回の接種を完了したにも拘わらず、今度は変異種が再び大流行していると囃し立て、舌の根も乾かないうちに「3度目の接種が有効だ」などと、再びワクチンを接種するように誘導しています。
日本ではまだ3度目の接種が始まったばかりですが、ワクチン先進国のイスラエルでは4度目の接種が検討されており、近々それが始まろうとしているのです。
そのワクチン先進国がなぜ4度目なのかというと、変異株の感染が脅威だからというのですから開いた口が塞がりません。それってどう考えても
ワクチンには何の効果もなかった
と言ってるのと同じではないですか・・・
そもそも、感染者数の特定に感染判定能力のないPCR検査を使っているのも問題ですし、その精度の極めて怪しい感染者数さえも日本国内では昨年1年で170万人程度しかおらず、人口割合で言うならたったの1.3%しかないのです。要するに
98.7%の国民が感染などしていない
という、非常に馬鹿馬鹿しい結果しか導き得ないのです。他の死因などを強引に積み重ねた死亡者数に至っては、せいぜい1万人強であり、これを割合で示すなら、
99.992%(ほぼ100%)の国民はコロナで死んだりしない
ということになります。コロナで死んでしまう確率とは、生命維持や予後の生活に大きな支障をきたす希少がんの脳腫瘍の発生割合とほぼ同じであり、ここからもコロナが国全体にとって特別な脅威でも何でもないのは明らかなのです。
いったい誰がこんな病気を「パンデミック」などと呼んだのでしょう?そして、どうして多くの人々は効き目の無いワクチンをせっせと接種し、あまつさえ無意味な接種を義務化しようとするのでしょうか?もはやコロナウィルスとは「脳の病気」・「心の病気」・「社会の病気」と呼ぶべきものなのかもしれません。
その一方、計画としてはお粗末極まりないこの世界的大計画を、恥も外聞もなく強引に進めようとする執行者側の心理については考慮すべき要素があります。どうして彼らはここまで無理をしてコロナ計画に固執するのでしょうか?私なら恥ずかしくって絶対に計画そのものを中断、あるいは断念するところなのに。
ここに、人口削減説や世界の社会主義化などコロナウィルスを巡る様々な陰謀説を超えた何か大きな理由のあるのが見て取れるのです。推測ではありますが、それはおそらく、近年観測される太陽光線の異常や、異常に明るい火球の出現など、天体の諸運動に関わることでないかと考えられるのです。
この先何年かの間に、何か大きな天体の大異変があるかもしれない。そう考えると、今現在目にしているコロナやワクチンを巡る騒動など、実は人類の取るに足らない悪あがき程度なのかもしれません。
既存の科学ではもはや説明不能な何かが起きる、私は不安や恐れよりも、そのような宇宙的イベントがいったいどのようなものであるのか、大きな期待を胸にこれからの1年間を見て行こうと思っているのです。
どうやら、コロナウィルスとは人心を支配する病気であり、その病原体は私たちが日常目にする各種メディア、報道・ドラマ・アニメ・小説・漫画・etc. などから日々撒き散らかされているようです。
気を付けなければならないのは、「科学」ですらその病原体の拡散装置として利用されているという事実なのです。
本ブログでは、このような心理テクニックが36年前の123便事件で多用されていた点について触れてきました。それらは何も最近になって始まったことではなく、この世に宗教・芸能・出版が誕生した時から既に病気の種は撒かれていたのかもしれません。現代はネットなど拡散ツールの性能が飛躍的に向上したため、一気に病気が広がるようになっただけなのでしょう。
ですから、お正月休みの1日くらいは、全てのメディアをシャットダウンして、植物の世話をする、楽器を奏でる、絵を描くなど、身近な現実を通して静かに自分の心と向き合う作業に没頭するのが良いと思います。この記事を読んだらすぐにパソコン、あるいはスマホの電源を落として実践してみては如何でしょうか?
私も、最近弾くことが殆どなくなったピアノにまた触れてみようと思っています。
庭に咲いてた乙女椿:聖句に代えて
キリストの御国にて記す
管理人 日月土
今回は、昨日元旦(正確には本日未明)配信した(神)日本の黒い霧メルマガ45号から、その冒頭部分を、新年のご挨拶に代えてお届けしたいと思います。
明けましておめでとうございます。
早いもので、コロナウィルス騒動がニュースで流れるようになっておおよそ2年の歳月が過ぎて行きました。
当初から私は、この騒動が計画的なもので、最終的にはグレートリセットどころか世界秩序の完全崩壊を狙ったものであり、今後「日常への復活」などという甘い見通しはあり得ないだろうとお伝えしてきました。
この計画が何年越しでプランされているかは不明ですが、マスコミを大動員して「2度のワクチン接種が事態の解決手段」と扇動し、日本国民の80%近くが2回の接種を完了したにも拘わらず、今度は変異種が再び大流行していると囃し立て、舌の根も乾かないうちに「3度目の接種が有効だ」などと、再びワクチンを接種するように誘導しています。
日本ではまだ3度目の接種が始まったばかりですが、ワクチン先進国のイスラエルでは4度目の接種が検討されており、近々それが始まろうとしているのです。
そのワクチン先進国がなぜ4度目なのかというと、変異株の感染が脅威だからというのですから開いた口が塞がりません。それってどう考えても
ワクチンには何の効果もなかった
と言ってるのと同じではないですか・・・
そもそも、感染者数の特定に感染判定能力のないPCR検査を使っているのも問題ですし、その精度の極めて怪しい感染者数さえも日本国内では昨年1年で170万人程度しかおらず、人口割合で言うならたったの1.3%しかないのです。要するに
98.7%の国民が感染などしていない
という、非常に馬鹿馬鹿しい結果しか導き得ないのです。他の死因などを強引に積み重ねた死亡者数に至っては、せいぜい1万人強であり、これを割合で示すなら、
99.992%(ほぼ100%)の国民はコロナで死んだりしない
ということになります。コロナで死んでしまう確率とは、生命維持や予後の生活に大きな支障をきたす希少がんの脳腫瘍の発生割合とほぼ同じであり、ここからもコロナが国全体にとって特別な脅威でも何でもないのは明らかなのです。
いったい誰がこんな病気を「パンデミック」などと呼んだのでしょう?そして、どうして多くの人々は効き目の無いワクチンをせっせと接種し、あまつさえ無意味な接種を義務化しようとするのでしょうか?もはやコロナウィルスとは「脳の病気」・「心の病気」・「社会の病気」と呼ぶべきものなのかもしれません。
その一方、計画としてはお粗末極まりないこの世界的大計画を、恥も外聞もなく強引に進めようとする執行者側の心理については考慮すべき要素があります。どうして彼らはここまで無理をしてコロナ計画に固執するのでしょうか?私なら恥ずかしくって絶対に計画そのものを中断、あるいは断念するところなのに。
ここに、人口削減説や世界の社会主義化などコロナウィルスを巡る様々な陰謀説を超えた何か大きな理由のあるのが見て取れるのです。推測ではありますが、それはおそらく、近年観測される太陽光線の異常や、異常に明るい火球の出現など、天体の諸運動に関わることでないかと考えられるのです。
この先何年かの間に、何か大きな天体の大異変があるかもしれない。そう考えると、今現在目にしているコロナやワクチンを巡る騒動など、実は人類の取るに足らない悪あがき程度なのかもしれません。
既存の科学ではもはや説明不能な何かが起きる、私は不安や恐れよりも、そのような宇宙的イベントがいったいどのようなものであるのか、大きな期待を胸にこれからの1年間を見て行こうと思っているのです。
どうやら、コロナウィルスとは人心を支配する病気であり、その病原体は私たちが日常目にする各種メディア、報道・ドラマ・アニメ・小説・漫画・etc. などから日々撒き散らかされているようです。
気を付けなければならないのは、「科学」ですらその病原体の拡散装置として利用されているという事実なのです。
本ブログでは、このような心理テクニックが36年前の123便事件で多用されていた点について触れてきました。それらは何も最近になって始まったことではなく、この世に宗教・芸能・出版が誕生した時から既に病気の種は撒かれていたのかもしれません。現代はネットなど拡散ツールの性能が飛躍的に向上したため、一気に病気が広がるようになっただけなのでしょう。
ですから、お正月休みの1日くらいは、全てのメディアをシャットダウンして、植物の世話をする、楽器を奏でる、絵を描くなど、身近な現実を通して静かに自分の心と向き合う作業に没頭するのが良いと思います。この記事を読んだらすぐにパソコン、あるいはスマホの電源を落として実践してみては如何でしょうか?
私も、最近弾くことが殆どなくなったピアノにまた触れてみようと思っています。
庭に咲いてた乙女椿:聖句に代えて
キリストの御国にて記す
管理人 日月土